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ハグをすると、なぜか心がスッと落ち着く
大切な人にぎゅっと抱きしめられると、それだけで気持ちが落ち着く。言葉で慰められるよりも、黙って抱きしめてもらう方がずっと安心する。そんな経験に、心当たりがある人は多いのではないでしょうか。
言葉を交わさなくても、ただ寄り添っているだけで気持ちが落ち着いてくる。喧嘩をした後でも、抱き合ってしまえばなんとなく仲直りできた気がする。忙しい毎日の中でも、帰宅して家族やパートナーとハグを交わすと、その日の疲れが少し軽くなったように感じる。こうした感覚は、単なる気のせいでは片付けられない、体の中の実際の変化と関係している可能性があります。
この「触れ合うと安心する」という感覚には、オキシトシンというホルモンが深くかかわっていると考えられています。そしてこのホルモンを語るときによく登場するのが、「ハグは20秒すると効果がある」という、どこかで一度は聞いたことのある話です。今回は、このオキシトシンというホルモンの基本的な仕組みと、「20秒のハグ」という有名な言葉の元になった研究が実際には何を示していたのかを、あわせて見ていきましょう。
オキシトシンとは?触れ合いで分泌が増える「ハグホルモン」
オキシトシンは、スキンシップや愛情表現によって分泌が増える、「ハグホルモン」とも呼ばれるホルモンです。脳の視床下部(脳の中でホルモン分泌の司令塔となっている部分)にある室傍核(しつぼうかく、視床下部の中にある、オキシトシンを作り出す神経細胞が集まっている部分)・視索上核という部分で作られ、下垂体(視床下部からの指令を受けて、様々なホルモンを血液中に放出する部分)の後葉という場所から血液中に放出されます。
用語解説:オキシトシン
スキンシップや愛情表現によって分泌が増える、「ハグホルモン」とも呼ばれるホルモン。脳の視床下部で作られ、下垂体から血液中に放出されます。

オキシトシンは、出産や授乳の場面で重要な役割を果たすホルモンとしてよく知られていますが、それだけにとどまらず、抱擁や手をつなぐといった日常的なスキンシップによっても分泌が促されることが分かっています。誰かに優しく触れられたときに感じる、あの独特の安心感の背景には、こうしたホルモンの働きがあると考えられています。
豆知識:「信頼ホルモン」という呼び方の由来
ちなみに、オキシトシンは「信頼ホルモン」と呼ばれることもあります。2005年に発表されたある研究では、参加者にお金を使ったゲームに取り組んでもらう際、鼻からオキシトシンを投与したグループの方が、見ず知らずの相手により多くのお金を託す(信頼する)傾向が強かったと報告されています。触れ合いによる安心感だけでなく、人と人との信頼関係そのものにも、このホルモンがなんらかの形でかかわっている可能性があると考えられています。
たとえるなら、小さい頃に不安なことがあって泣いていたときに、抱っこされた瞬間にすっと涙が止まった、あの感覚に近いものです。触れられることそのものが、脳の中で「もう大丈夫」という信号のスイッチを入れているようなイメージだと捉えると分かりやすいかもしれません。ペットを撫でているときに、こちらの方まで穏やかな気持ちになってくることがありますが、これも触れ合いを介して似たような仕組みが働いている可能性がある、と紹介されることがあります。
興味深いことに、このホルモンは人間同士の触れ合いに限った話でもないようです。ある研究では、犬が飼い主の目をじっと見つめる時間が長いほど、見つめられた飼い主側の尿中オキシトシン濃度が高くなり、さらに飼い主側のオキシトシン濃度が上がると、犬の方のオキシトシン濃度も連動して上がっていくという、双方向の関係が確認されたと報告されています。同じ実験でオオカミには見られなかった反応だったと報告されており、長い年月をかけて育まれてきた人と犬との特別な絆に、オキシトシンが一役買っている可能性を示す例として紹介されることがあります。
なお、なぜ「触れる」という行為がここまで強くオキシトシン分泌と結びついているのかについては、皮膚にある特殊な神経線維の働きも関係していると考えられています。この点については、また別の記事で詳しく取り上げる予定です。
「ハグは20秒」説はどこから来たのか
さて、ここからが本題です。「ハグは20秒続けるとオキシトシンが出る」という話は、SNSや健康情報のまとめサイトなどで広く紹介されており、聞いたことがある人も多いはずです。この話の元になっているのは、アメリカの研究者カレン・グルーウェンらの研究グループが2005年に発表した論文だと考えられています。
豆知識:「20秒」は実験の『設定時間』であって『必要な最低時間』ではない
ちなみに、この「20秒」という数字を実際の論文まで遡って確認しようとすると、少し注意が必要です。この研究では、同居しているカップルに、あたたかい動画を見ながら10分間手をつないでもらったあと、20秒間ハグをしてもらうという一連の流れ(プロトコル)を実験の手順として設定していました。つまり「20秒」は、あくまで実験の中で研究者があらかじめ決めた「ハグをしてもらう時間」であって、「オキシトシンの分泌には20秒以上が必要である」ということを直接検証した結果ではありません。海外のメディアでも、この「20秒」という具体的な秒数の根拠を原論文まで遡って確認しようとしたものの、明確な裏付けは見つからなかったと指摘されています。
では、この研究では実際に何が確かめられたのでしょうか。研究チームは、同居する38組のカップルを対象に、パートナーとの触れ合い(手をつなぐ、ハグをするなど)の前後で、血液中のオキシトシンやコルチゾール、血圧などがどう変化するかを調べました。その結果、パートナーからのサポート(支えられている、大切にされているという実感)を強く感じている人ほど、触れ合いの前後を通じて血液中のオキシトシン濃度が高い傾向にあったことが報告されています。
こうした「覚えやすい具体的な数字」がひとり歩きしてしまう現象は、健康・美容に関する話題ではよくあることです。「20秒」という区切りの良い数字は、SNSやまとめ記事で紹介する際にとても引用しやすく、その結果、元の研究が本来伝えたかった「触れ合いの質や関係性の満足度」というやや抽象的な部分よりも先に、数字だけが独り歩きして広まってしまったと考えられます。
つまりこの研究が示しているのは、「20秒という特定の時間を超えるとオキシトシンのスイッチが入る」ということではなく、「あたたかいパートナーとの触れ合いや、その関係性への満足度そのものが、オキシトシンの分泌と関連している」という、もう少し広い意味合いの結果だと言えそうです。「20秒」という覚えやすい数字が独り歩きしてしまった一方で、研究の本質的な部分はやや見落とされがちだった、というのが実情に近いのかもしれません。
同じ研究グループが行った別の調査でも、似たような傾向が報告されています。閉経前の女性を対象にした調査では、パートナーからハグをされる頻度を自己申告してもらったところ、ハグの頻度が高いと回答した人ほど、普段のオキシトシン濃度が高く、血圧や心拍数が低い傾向にあったと報告されています。ここでも注目されているのは「1回あたりの秒数」ではなく、「日常的にどれだけ触れ合う機会があるか」という頻度の方です。単発の「20秒」にこだわるよりも、日常的にスキンシップの機会を持つことの方が、こうした研究が本来伝えたかったことに近いのかもしれません。
「秒数」よりも「頻度」や「関係性の質」の方が重要らしいという流れは、実は「触れ合いの強さや長さ自体がオキシトシン分泌にどう影響するか」という、また別の角度からの研究テーマにもつながっています。じっくりとした触れ合いと、さっと済ませる触れ合いとでは、体の反応のされ方に違いがあるのかどうか。この点については、また別の記事で詳しく掘り下げる予定です。
OXTR受容体が担う、不安をやわらげる仕組み
分泌されたオキシトシンは、体の様々な部分にあるOXTR(オキシトシンを受け取る鍵穴のような部分。個人差があることが分かっている)という受容体と結びつくことで、その効果を発揮します。脳内のOXTRが刺激されると、不安や警戒にかかわる脳の働きが抑えられ、リラックスした状態に近づきやすくなると考えられています。
オキシトシンは、いわば脳の中の「非常ブレーキ解除ボタン」のようなものです。スキンシップによってこのボタンが押されると、警戒モードが解かれて心と体がリラックスしていく、というイメージで捉えると分かりやすいかもしれません。ハグをしたときに感じる、あの「ふっと肩の力が抜ける」感覚は、こうした受容体レベルでの変化が土台になっていると考えられています。
ただし、同じ強さのハグをしても、誰もが同じように安心感を得られるとは限りません。OXTR受容体には個人差(遺伝的な違い)があることが分かっており、この違いによって、スキンシップに対する反応の感じやすさが人によって異なる可能性が指摘されています。「触れ合いにすぐ安心する人」と「あまりピンとこない人」がいるのも、単なる性格の違いというより、こうした受容体レベルの個人差が関係しているのかもしれません。この点についても、別の記事で改めて取り上げる予定です。
こう考えると、「ハグは20秒」という単純なルールに縛られる必要はなさそうです。大切なのは秒数を数えることではなく、相手との触れ合いを心地よいと感じられる時間そのものを持てているかどうか、という点にあると言えそうです。
今回のまとめ
オキシトシンは、スキンシップによって分泌が増える「ハグホルモン」で、OXTR受容体を通じて不安をやわらげる働きを持つと考えられています。「20秒のハグ」という話は広く知られていますが、これは研究で使われた実験の設定時間であり、秒数そのものよりも「あたたかい触れ合い」や「関係性への満足度」の方が、オキシトシンとの結びつきが強いと考えられます。時間の長さを気にしすぎるより、心地よいと感じられる触れ合いそのものを大切にする方が、本来の趣旨には近いのかもしれません。
イチャラブ・恋人設定系のコンテンツが気になる方へ

触れ合いそのものが持つ安心感の仕組みを踏まえると、ハグや密着シーンの多いイチャラブ・恋人設定系のコンテンツに惹かれるのも、自然な反応だと言えそうです。単に肌が触れ合っているという事実以上に、そこに描かれる関係性のあたたかさやお互いへの信頼感こそが、見る人の安心感につながっているのかもしれません。あたたかいスキンシップの雰囲気が気になる方は、こうしたジャンルをチェックしてみるのもよいかもしれません。
参考にした情報源
- Grewen KM, Girdler SS, Amico J, Light KC (2005) “Effects of Partner Support on Resting Oxytocin, Cortisol, Norepinephrine, and Blood Pressure Before and After Warm Partner Contact,” Psychosomatic Medicine 67(4):531-538
- Light KC, Grewen KM, Amico JA (2005) “More frequent partner hugs and higher oxytocin levels are linked to lower blood pressure and heart rate in premenopausal women,” Biological Psychology 69(1):5-21
- Kosfeld M, Heinrichs M, Zak PJ, Fischbacher U, Fehr E (2005) “Oxytocin increases trust in humans,” Nature 435:673-676
- Nagasawa M et al. (2015) “Oxytocin-gaze positive loop and the coevolution of human-dog bonds,” Science 348(6232):333-336
- 「20秒のハグ」説の秒数の科学的根拠について、原論文まで遡っても明確な閾値の検証が見当たらないと指摘する複数の海外メディア・専門家コラム
ご利用にあたって
本記事は、性に関する科学的な話題を分かりやすく紹介することを目的としたものであり、医学的な診断・治療・助言を目的としたものではありません。体調や心身の状態について気になることがある場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。
本記事で紹介している「20秒のハグ」に関する言説は、広く知られている一方で、その具体的な秒数を科学的に裏付けた研究があるかどうかについては議論があります。本文中でその経緯も含めて紹介しています。ホルモンの働き方や感じ方には個人差があります。
本記事内のイラスト・図解の一部は、生成AIを用いて作成したイメージ画像です。実際の医学的な図解とは異なる場合があります。



















