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なぜ「大切に思う」気持ちが「束縛したい」に変わるのか

パートナーが誰か別の相手と楽しそうに話しているのを見ただけで、理由もなくモヤモヤしてしまう。連絡が少し遅れるだけで、不安で仕方なくなる。頭では「信頼しなければ」と分かっているのに、気づけば相手の行動が気になって仕方がない。そんな経験がある人は、決して少なくないはずです。

こうした独占欲や束縛したくなる気持ちは、単なる「性格」や「余裕のなさ」として片付けられがちです。付き合いが長くなるほど落ち着くかと思いきや、むしろ相手のことを深く知り、失いたくないという気持ちが強くなるほど、こうした感情が顔を出しやすくなったという人もいるのではないでしょうか。しかし実際には、体の中で分泌されるあるホルモンの働きが、この感情の土台になっていると考えられています。それが、以前の記事でも紹介した、オキシトシンと兄弟関係にあるホルモン「バソプレシン」です。

前回の記事では、オキシトシンとバソプレシンが「愛情の光」と「執着の影」という対になる関係にあることを紹介しました。今回はその「影」の側であるバソプレシンにさらに焦点を絞り、独占欲や束縛という感情がどのような脳の仕組みから生まれてくるのか、動物実験と人間を対象にした研究の両方から掘り下げていきます。「なぜこのホルモンが働くと、安心ではなく警戒心が強まるのか」という一歩踏み込んだ視点から見ていきましょう。

バソプレシンとは?視床下部で作られる「絆と警戒」のホルモン

まず、バソプレシンの基本的な仕組みをおさらいしておきましょう。

用語解説:バソプレシン

オキシトシンと似た構造を持ちながら、独占欲や執着に関わるホルモンです。腎臓での水分保持にも関わる、体内の水分バランスを調整する役割もあわせ持っています。

バソプレシンは、脳の視床下部にある室傍核・視索上核(しつぼうかく・しさくじょうかく、ホルモン分泌の司令塔となる部分)で作られ、下垂体後葉から血液中へ放出されます。この産生・放出の経路自体は、オキシトシンとほとんど同じです。ところが、バソプレシンが結びつく先の受容体、特にV1a(バソプレシンを受け取る部分の一つで、独占欲や執着行動に関わる)と呼ばれる受容体は、脳の中でも扁桃体(へんとうたい、恐怖や警戒にかかわる部分)や外側中隔(がいそくちゅうかく、社会的な関係の維持にかかわる部分)といった、警戒心や縄張り意識と関係の深い場所に多く分布しているとされています。

視床下部から放出されたバソプレシンが扁桃体・外側中隔へ作用する経路を示すイメージ図

たとえるなら、オキシトシンとバソプレシンは同じ工場で作られた、よく似た形の2つの鍵のようなものです。ただし、その鍵が開ける先の「扉」がまったく違います。オキシトシンの鍵は「安心して心を開く部屋」の扉を開けるのに対し、バソプレシンの鍵は「見張り番が詰めている警戒室」の扉を開けます。同じように大切な相手を思う気持ちから出発していても、開く扉によって、その先に広がる感情の景色がまったく異なるものになってしまうというわけです。

「守りたい」が「独占したい」に変わる瞬間、動物実験が示す仕組み

このバソプレシンとV1a受容体の働きを、より直接的な形で示した実験があります。一夫一妻に近い生態を持つとされるハタネズミという動物を使った、1993年の研究です。

この実験では、オスのハタネズミの脳に人工的にバソプレシンを投与すると、パートナーであるメスへの寄り添い行動が増えるのと同時に、見知らぬオスに対する攻撃性が高まることが確認されました。逆に、V1a受容体だけをピンポイントでブロックする薬剤を投与すると、交尾をしてもパートナーへの特別な好みが形成されにくくなったと報告されています。つまりバソプレシンは、単に「攻撃性を高める物質」なのではなく、「このパートナーを他者から守る」という、いわば対象を絞った警戒行動そのものを引き起こしている可能性が高いと考えられているのです。

豆知識:「なわばり意識」と「独占欲」は紙一重

ちなみに、ハタネズミの世界でこうした行動は「メイト・ガーディング(mate guarding、パートナーの防衛)」と呼ばれ、もともとは外敵や交配相手を奪おうとする同性のライバルから、大切な相手を守るために発達してきた行動だと考えられています。人間関係における独占欲も、進化的なルーツをたどれば、こうした「守りたい」という本能的な行動パターンの延長線上にあるのかもしれません。

ここで注目したいのは、バソプレシンが引き起こす攻撃性が、誰彼構わず向けられる乱暴さではなく、あくまで「パートナーに関わる場面に限定された」攻撃性だという点です。実際、V1a受容体をブロックされたオスは、パートナーへの特別な好みそのものが形成されにくくなっただけで、攻撃性が全体的に低下したり、性格そのものが穏やかになったりしたわけではないとされています。つまりバソプレシンは、闇雲に攻撃的にする物質というより、「この相手」という対象を絞り込んだ上で警戒モードを起動させる、ピンポイントな仕組みに近いと考えられます。

こうした知見から見えてくるのは、独占欲という感情が、決して「愛情が足りないから生まれる歪んだ感情」なのではなく、むしろ「大切な相手を失いたくない」という気持ちが強く働いた結果として現れる、ごく自然な反応である可能性があるということです。もちろん、動物実験の結果をそのまま人間の複雑な感情に当てはめることはできませんが、パートナーへの愛着が深まるほど、同時に警戒心も強くなりやすいという構造自体は、人間の恋愛にも思い当たる節がある人が多いのではないでしょうか。

人間でも同じことが言えるのか? AVPR1A遺伝子と絆の強さ

動物実験だけでなく、人間を対象にした研究でも、バソプレシンの働き方の個人差と、パートナーとの関係性の質を結びつける報告があります。

2008年に発表されたスウェーデンの研究では、552組の男性の双子を対象に、V1a受容体を作る設計図にあたる「AVPR1A」という遺伝子の個人差と、結婚生活の実態との関連が調べられました。双子を対象にしたのは、育った環境の影響をできるだけそろえた上で、遺伝子そのものの違いによる影響を見極めやすくするためだとされています。その結果、この遺伝子のある特定のタイプを持つ男性は、持たない男性と比べてパートナーとの結びつきの強さを示す指標が低く、結婚している割合も低く、既婚者に限っても夫婦関係の危機を経験した割合が高い傾向にあったと報告されています。さらに興味深いことに、この特定のタイプを2つ持つ男性の配偶者は、結婚生活の満足度をより低く評価する傾向も見られたとされています。

この研究は、海外のメディアで「離婚遺伝子」などとセンセーショナルに紹介されたこともありますが、実際にはあくまで統計的な関連が見られたという範囲にとどまるものです。特定の遺伝子タイプを持っているからといって、その人が必ず浮気性になる、あるいは必ず良好な関係を築けないというわけではなく、あくまで多くの要因の中の一つに過ぎないとされています。

たとえるなら、V1a受容体の遺伝子タイプは、料理における「隠し味」のようなものです。隠し味だけで料理の味がすべて決まるわけではなく、素材や調理法、経験など無数の要素が絡み合って最終的な味が決まるように、パートナーとの関係性も、この遺伝子タイプ一つだけで決定づけられるものではありません。それでも、V1a受容体の働き方に生まれつきの個人差があり、それがパートナーへの結びつき方の傾向に多少なりとも影響し得るという点は、動物実験だけでなく人間においても、バソプレシン系の働きが関係性のあり方と無縁ではないことを示す手がかりの一つだと言えそうです。

バソプレシン系の働き方に、性差はあるのか

もう一つ触れておきたいのが、バソプレシンとV1a受容体をめぐる脳の回路には、性別による違いが見られるという知見です。

扁桃体や分界条床核(ぶんかいじょうしょうかく、恐怖や社会的な警戒行動にかかわる脳の部位)にあるバソプレシン系の神経回路は、多くの哺乳類においてオスの方がメスよりも発達している、いわゆる性的二形性(せいてきにけいせい、性別によって体や脳の構造に違いが見られる現象)を示すことが分かっています。この回路の発達には、テストステロン(男女問わず分泌される、積極性や性欲に関わる代表的なホルモン)が深く関わっているとされ、動物実験ではテストステロンを投与すると、この部位のバソプレシン系の働きがより活発になることが確認されています。

このことから、バソプレシンを介した独占欲や警戒行動は、統計的には男性でより強く現れやすい傾向がある、と紹介されることがあります。ただし、これはあくまで集団としての平均的な傾向であり、個人差の方がはるかに大きいという点には注意が必要です。同じ集団の中でも、独占欲の強い人とそうでない人の差は、男女の平均値の差よりもずっと大きいと考えるのが自然です。

たとえるなら、これはクラス全体の身長を男女で比べるようなものです。平均身長には男女差があっても、クラスの中には平均より背の高い女子生徒も、平均より背の低い男子生徒も当然います。集団としての傾向と、一人ひとりの実際の姿は、必ずしも一致しません。独占欲や束縛したい気持ちの強さも、性別だけで説明できるものではなく、育った環境や過去の経験、関係性そのものの状態など、さまざまな要因が絡み合って現れるものだと考えるのが妥当でしょう。

今回のまとめ

独占欲や束縛したい気持ちの背景には、視床下部から放出されるバソプレシンが、扁桃体や外側中隔にあるV1a受容体を介して、パートナーを他者から守ろうとする警戒行動を引き起こすという仕組みが関わっていると考えられています。動物実験ではこの仕組みが「パートナーの防衛行動」として直接確認されており、人間を対象にした遺伝子研究でも、V1a受容体の働き方の個人差とパートナーとの結びつきの強さに関連が見られたと報告されています。独占欲は愛情が足りないから生まれるのではなく、大切な相手を守りたいという気持ちの、もう一つの現れ方なのかもしれません。

ヤンデレ・主従関係系のコンテンツが気になる方へ

寄り添いながらも強く抱き寄せるような、独占欲を連想させる抽象的なイメージ

「守りたい」という気持ちが強くなるほど、独占欲や警戒心も一緒に強まってしまうという仕組みを踏まえると、強い独占欲や束縛願望を伴うヤンデレ的なキャラクター、あるいは主従関係を軸にしたシチュエーションに一定の説得力を感じる人が多いのも自然なことかもしれません。「誰にも渡したくない」「あなたを守れるのは自分だけ」といった感情表現は、バソプレシン系の働きが極端な形で表に出た状態だと捉えると、キャラクターの心理描写により深みを感じられそうです。普段は穏やかなキャラクターほど、大切な相手が絡んだ瞬間に見せる独占欲とのギャップが際立つ、という演出にもうなずけるところがあります。

主従関係のように、相手を守る・守られるという役割がはっきりした関係性の中で描かれる独占欲にも、同じような仕組みが働いていると考えられます。束縛の強さそのものよりも、「なぜここまで独占したいのか」という背景にある不安や愛着の深さが丁寧に描かれている作品ほど、キャラクターへの感情移入がしやすくなるという楽しみ方をしている人も多いのではないでしょうか。ヤンデレ・主従関係・束縛系のコンテンツが気になる方は、こうしたジャンルをチェックしてみるのもよさそうです。

参考にした情報源

  • Winslow JT, Hastings N, Carter CS, Harbaugh CR, Insel TR (1993) “A role for central vasopressin in pair bonding in monogamous prairie voles,” Nature(ハタネズミのメイト・ガーディング実験)
  • Walum H, Westberg L, Henningsson S, et al. (2008) “Genetic variation in the vasopressin receptor 1a gene (AVPR1A) associates with pair-bonding behavior in humans,” PNAS(スウェーデンの双子研究)
  • バソプレシン系神経回路の性的二形性とテストステロン依存性に関する複数の総説・研究論文

ご利用にあたって

本記事は、性に関する科学的な話題を分かりやすく紹介することを目的としたものであり、医学的な診断・治療・助言を目的としたものではありません。体調や心身の状態について気になることがある場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。

本記事で紹介しているバソプレシンとV1a受容体を介した「選択的攻撃性」「パートナー防衛行動」に関する知見は、主にハタネズミなどを用いた動物実験に基づくものであり、人間にそのまま当てはまるとは限りません。また、ヒトのAVPR1A遺伝子と関係性の質にまつわる研究についても、特定の集団を対象にした関連研究であり、遺伝子だけで人間関係のあり方がすべて決まるわけではない点にご留意ください。

ホルモンや遺伝子の働き方、感じ方には個人差があります。本記事の内容がすべての方に当てはまるとは限りません。

本記事内のイラスト・図解の一部は、生成AIを用いて作成したイメージ画像です。実際の医学的な図解とは異なる場合があります。