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「好き」が強くなりすぎると、なぜ「離したくない」に変わるのか

誰かを大切に思う気持ちは、本来とても穏やかで安心できるものであるはずです。ところが、その気持ちが強くなりすぎると、なぜか「もっと一緒にいたい」を通り越して、「離れているのが不安でたまらない」「他の人と仲良くしているのを見ると胸がざわつく」というような、少し苦しさを伴う感情に変わっていくことがあります。恋人のスマートフォンの通知がふと目に入っただけで心がざわついたり、相手が誰かと楽しそうに話しているのを見て、理由もなく落ち着かなくなったりした経験がある人もいるかもしれません。

穏やかな「愛情」と、少し息苦しさを伴う「執着」。この2つは正反対の感情のように感じられますが、実は体の中では、驚くほどよく似た仕組みを持つ2つのホルモンが関係していると考えられています。それが、今回取り上げるオキシトシンとバソプレシンです。

恋人同士でも、家族同士でも、ペットと飼い主の関係でも、「大切に思う」という気持ちが深まっていくときには、決まってこの2つの側面が同時に顔を出しやすくなります。一緒にいると安心する、という穏やかな感覚と、離れているときに落ち着かない、他の存在に意識が向いていると気になってしまう、という少し緊張感のある感覚。この2つがセットで強くなっていくのには、ちゃんとした生物学的な理由がありそうです。

オキシトシンとバソプレシンは、ほぼ同じ形をした「兄弟ホルモン」

オキシトシンについては、以下の記事で「ハグホルモン」として紹介しました。実はこのオキシトシンには、化学的な構造がほとんど同じ「兄弟」と呼べるホルモンが存在します。それがバソプレシン(オキシトシンと似た構造を持ちながら、独占欲や執着に関わるホルモン)です。

用語解説:バソプレシン

オキシトシンと似た構造を持ちながら、独占欲や執着に関わるホルモン。腎臓での水分保持にも関わる、体内の水分バランスを調整する役割も持っています。

オキシトシンとバソプレシンという2つのホルモン経路の対比を示すイメージ図

オキシトシンとバソプレシンは、どちらも9個のアミノ酸がつながってできた、よく似た形のホルモンです。その違いは、9個のうちわずか2箇所のアミノ酸だけだと考えられています。たとえるなら、見た目がそっくりな一卵性双生児のようなもので、パッと見ただけではほとんど区別がつかないのに、それぞれ性格や得意なことがまったく違う、という関係に近いかもしれません。

さらに興味深いことに、この「兄弟」関係は設計図のレベルでも表れています。人間の体では、オキシトシンとバソプレシンを作り出す遺伝子は、20番染色体の上でわずか1万塩基ほどしか離れていない、ごく近い場所に並んで存在していると考えられています。どちらも進化の過程で、共通の祖先となる1つの遺伝子が枝分かれしてできたと考えられており、あごを持たない原始的な魚の仲間がいた5億年ほど前という、脊椎動物の進化のかなり初期の段階から、この2つのホルモンは「セットで」進化してきたと考えられています。長い進化の歴史を通じて、ほとんど姿形を変えずに今の人間にまで受け継がれてきたことになります。

豆知識:産まれる場所も、実はほぼ同じ

ちなみに、オキシトシンとバソプレシンは、作られる脳の部位もほぼ同じです。どちらも視床下部(ししょうかぶ、脳の中でホルモン分泌の司令塔となっている部分)にある室傍核・視索上核という部分で作られ、下垂体後葉から血液中に放出されます。同じ工場の、隣り合ったラインでそれぞれ別の製品が作られているようなイメージだと捉えると分かりやすいかもしれません。

なぜ似た構造なのに、正反対の心理を生むのか

構造がほとんど同じであるにもかかわらず、オキシトシンとバソプレシンが正反対の心理を生み出すのはなぜでしょうか。その鍵を握っているのが、それぞれのホルモンを受け取る「受容体」の違いです。

オキシトシンは、主にOXTR(オキシトシンを受け取る鍵穴のような部分。個人差があることが分かっている)という受容体と結びつき、不安を鎮めて安心感をもたらす方向に働きます。一方のバソプレシンは、V1a受容体(バソプレシンを受け取る部分の一つで、独占欲や執着行動に関わる)という、また別の受容体と主に結びつきます。V1a受容体は、扁桃体や外側中隔と呼ばれる、警戒心や縄張り意識、社会的な関係の維持にかかわる脳の部位に多く分布していると考えられています。

なお、バソプレシンを受け取る受容体はV1aだけでなく、V1bやV2といった種類も存在します。ただしV1bは主にストレス反応に、V2は腎臓での水分保持に関わると考えられており、独占欲や執着といった社会的な行動と特に関係が深いと考えられているのは、主にV1aの方です。同じ一つのホルモンでも、受け取る側の受容体が体のどこに、どれだけの密度で分布しているかによって、引き起こされる反応がまったく違ってくる、という点は興味深いポイントです。

豆知識:「光」のはずのオキシトシンにも、意外な一面がある

ちなみに、オキシトシンも決して「安心・愛着だけをもたらす純粋な光」というわけではなさそうです。ある研究では、オキシトシンを投与された参加者は、自分が属するグループの仲間を優先的に守ろうとする気持ちが強まる一方で、グループの外側にいる相手に対しては、やや冷淡な判断をしやすくなる傾向が見られたと報告されています。「身内には優しく、外部には少し冷たくなる」という側面は、一見するとバソプレシン側の性質のようにも思えますが、実はオキシトシンの働き方にも、こうした複雑な一面が含まれているようです。

動物を使った研究では、バソプレシンとV1a受容体の働きが、パートナーとの結びつきを強める一方で、見知らぬ相手に対する警戒心や攻撃性を強める方向にも働くことが報告されています。一夫一妻に近い生態を持つとされるハタネズミという動物を使った研究では、パートナーへの好みを形成する過程にV1a受容体の働きが深く関わっていることが確かめられており、同時に見知らぬ個体への攻撃性の高まりにも、この受容体が関与していることが示されています。この研究では、V1a受容体の働きを薬剤でブロックすると、パートナーへの好みそのものがうまく形成されなくなることも確認されており、単なる相関ではなく、この受容体が実際に「特定の相手を選ぶ」という行動そのものを支えている可能性を示す結果として位置づけられています。同じ「相手との結びつきを強めたい」という動機から出発していても、オキシトシンの側は「安心して心を開く」という方向に、バソプレシンの側は「他者を遠ざけてでも守りたい」という方向に、それぞれ表れ方が分かれていく、というイメージです。

たとえるなら、同じ家を守るための2つのシステムのようなものです。オキシトシンが「家の中を心地よく整えるインテリア」だとすれば、バソプレシンは「外部からの侵入を知らせる警報システム」に近いのかもしれません。どちらも大切な人との関係を守るために働いているという点では同じでも、その働き方は正反対の方向を向いている、と捉えると分かりやすいかもしれません。

インテリアだけの家は居心地が良くても無防備ですし、警報システムだけの家は安全でも落ち着いて過ごせません。関係性を維持するには、実はこの両方のシステムがバランスよく働いている必要がある、と考えるとしっくりくるかもしれません。

「愛情の光」と「執着の影」は、表裏一体の関係にある

ここまでの内容を踏まえると、「愛情」と「執着」が紙一重に感じられる理由が見えてきます。誰かを大切に思う気持ちが強くなるほど、安心をもたらすオキシトシン系の働きと、独占欲や警戒心にかかわるバソプレシン系の働きの、両方が刺激されやすくなると考えられます。関係性が深まるということは、相手を「安心して信頼できる存在」だと感じると同時に、「失いたくない、他の誰かに奪われたくない」という気持ちも一緒に強くなっていく、ということなのかもしれません。

つまり「愛情」と「執着」は、まったく別の感情というより、同じコインの表と裏のような関係にあると言えそうです。安心をもたらす「光」の側面だけを取り出すことも、独占欲という「影」の側面だけを切り離すことも、本来は難しいのかもしれません。この2つのホルモンがどのようなバランスで働くかによって、同じ「大切に思う気持ち」でも、穏やかな愛情として表れることもあれば、強い独占欲として表れることもあると考えられます。

たとえるなら、この関係は照明のダイヤル調光のようなものかもしれません。オキシトシンとバソプレシンという2つのつまみが同時にひねられることで、部屋全体の明るさ(愛情の強さ)が増していく一方、その光と影のコントラスト(執着の強さ)も同時に濃くなっていく。片方のつまみだけを操作して、光だけを強くしたり、影だけを消したりすることは、この仕組みの上ではそもそも難しいのかもしれません。

だからこそ、物語の中で「優しい」キャラクターが、大切な人が絡んだ途端に独占欲を見せたり、逆に「重たい」はずの執着の中に、ふとした瞬間の優しさや安心感がのぞいたりする展開には、一定のリアリティがあると言えそうです。愛情と執着は対立するものではなく、同じ根から伸びた2つの枝のようなものだと捉えると、関係性を描いたさまざまな物語の見え方も、また少し変わってくるかもしれません。

このバランスの現れ方には、個人差もあれば、関係性の時期による変化もありそうです。付き合いたての頃は不安からくる独占欲(バソプレシン的な側面)が強く出やすい一方、長く安定した関係を築いていくうちに、安心感(オキシトシン的な側面)の比重が増していく、という移り変わりを経験したことがある人もいるのではないでしょうか。こうした個人差や関係性の変化については、シリーズの他の記事でさらに掘り下げていく予定です。

今回のまとめ

オキシトシンとバソプレシンは、9個のアミノ酸のうちわずか2箇所しか違わない、構造がほぼ同じ「兄弟ホルモン」です。それぞれ異なる受容体(OXTRとV1a)と結びつくことで、オキシトシンは安心・愛着を、バソプレシンは独占欲・執着を生み出す方向に働くと考えられています。「愛情」と「執着」は正反対の感情に見えて、実は同じ関係性の深まりから生まれる、表裏一体の側面だと考えられます。

関係性を描いたコンテンツが気になる方へ

寄り添う二人のシルエットと、光と影が交わる様子を連想させる抽象的なイメージ

愛情と執着が同じホルモンの働きから生まれる表裏一体の感情だと考えると、イチャラブな関係性から、少し独占欲の強いヤンデレ的な関係性まで、幅広いシチュエーションが持つ説得力にも納得がいくかもしれません。穏やかな触れ合いを軸にした関係性も、強い独占欲を軸にした関係性も、根っこの部分では同じ「大切に思う気持ち」から枝分かれしたものだと捉えると、それぞれのジャンルが持つ魅力を、また違った角度から楽しめるかもしれません。

普段は優しく穏やかなキャラクターが、ふとした瞬間に見せる独占欲や、逆に強い執着心を抱えたキャラクターがふと見せる不器用な優しさなど、「光」と「影」の両方の側面が垣間見えるギャップにこそ、関係性を描いた作品ならではの奥行きが宿っているのかもしれません。関係性の描かれ方が気になる方は、こうしたジャンルをチェックしてみるのもよいかもしれません。

参考にした情報源

  • Winslow JT, Hastings N, Carter CS, Harbaugh CR, Insel TR (1993) “A role for central vasopressin in pair bonding in monogamous prairie voles,” Nature 365(6446):545-548
  • De Dreu CKW et al. (2011) “Oxytocin promotes human ethnocentrism,” PNAS 108(4):1262-1266
  • Ocampo Daza D, Bergqvist CA, Larhammar D (2022) “The Evolution of Oxytocin and Vasotocin Receptor Genes in Jawed Vertebrates: A Clear Case for Gene Duplications Through Ancestral Whole-Genome Duplications,” Frontiers in Endocrinology 13:792644
  • オキシトシン・バソプレシンのアミノ酸配列の違い、ヒト20番染色体上の遺伝子近接配置に関する複数の学術系解説記事

ご利用にあたって

本記事は、性に関する科学的な話題を分かりやすく紹介することを目的としたものであり、医学的な診断・治療・助言を目的としたものではありません。体調や心身の状態について気になることがある場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。

本記事で紹介しているバソプレシンと社会的行動(独占欲・攻撃性など)に関する知見は、主に動物実験(ハタネズミ等)に基づくものであり、人間にそのまま当てはまるとは限りません。また、ホルモンの働き方や感じ方には個人差があります。

本記事内のイラスト・図解の一部は、生成AIを用いて作成したイメージ画像です。実際の医学的な図解とは異なる場合があります。